佐藤卓氏 『塑する思考』レビュー
あらすじ:
ごく日常と接点を持つデザインを通じて、全身で柔軟に、思い感じ考える22章。
ニッカ・ピュアモルト、明治おいしい牛乳、ロッテ・キシリトールガム、等々のこと。カッコよく飾る付加価値は、デザインの本質ではないこと。分からせたがる愚と、分からなさの魅力。あえてデザインしないのも、みごとなデザインであること。そして、英語だ道徳だと騒ぐ前に、気遣う心を培うデザイン教育こそ、について……。『塑する思考』佐藤卓著新潮社(2017/07/31)より引用
日本を代表するグラフフィクデザイナーの一人、佐藤卓氏による「デザインとは本来なんぞや」ということが書かれた書籍。
「はじめに」の章では、デザインの専門書ではないと名言されていますが、全体を通してデザイナーが兼ね備えておくべきことが書かれていました。専門書を読む前段階で読んでおくとよい本かもしれません。
書籍の中で、本来、人の営みに「デザイン」は欠かせないものなのに、オシャレなデザインこそがデザインであるといったような間違った捉えられ方をしていることを指摘しています。「デザイン家電」のくだりは確かに!と思いました。最近ではこの手の家電は「オシャレ家電」と呼ばれているので、もしかしたら佐藤卓さんのような方々の地道な啓蒙活動が影響しているのかもしれなですね。「全部デザインされてるのに何がデザイン家電だよ!」って。
デザインの専門書ではないのに、実務レベルの専門的なことが書かれているので大変勉強になりました。佐藤卓さんが手掛けられた「クールミントガム」や「ニッカ・ピュアモルト」、そして当時ものすごく反響があったのを今でも鮮明に覚えている「明治おいしい牛乳」、これらの、名仕事のエピソードが大盤振る舞いで書かれています。読めば明日のデザイン業務に繋がること間違いなし。
電通時代の突き出し広告(新聞の小さな媒体)でのエピソードは、職人的なスキルを獲得するのに必要な修行だと思いました。緻密な作業をすっ飛ばしていいデザイナーにはなれない。ニッカ・ピュアモルトは商品開発から氏が携わっており、そのエピソードではデザインの本質と向き合うことの大切さが書かれていました。本質と向き合うことで商品が立体的に浮かび上がり世の中に羽ばたいていくのだな…そんな気がしました。
ニッカ・ピュアモルトでもう一つ興味深いエピソードが。価格設定はLPのジャケ買いを参考に決めたそう。当時のLPが1枚2500円くらいで、世の中の2500円で手に入る全てのモノ・コトを競合相手にしたとのこと。柔軟な考え方に目から鱗が落ちました。
「塑する思考」の意味がわからないまま本書を読み進めていると、ズバリ「塑する思考」という章が出てきました。
塑とは柔らかいもので力を加えると形が変わり凹んだ状態のまま「戻らない」。同じ柔らかいものでも弾力があるものだと、力を加えてもまたもとに戻ってしまう。デザインも塑のように形を変える思想で行うのが正しいのでは?と説いておられました。自我は勝手に出てくるものなので、あえて自分らしくデザインしてやろうなどという魂胆はやめようよ、と佐藤卓氏は強く訴えていました。私も若かった頃は当たり前の技術が伴っていないにも関わらず「やってやろう感」でデザインしたことがあったな…当然バッサリ却下も数え切れないくらい喰らったのですが、今ならバッサリ却下された理由が痛いほどよくわかります。あの頃は無知すぎていろいろ意味がわからなかったので辛かった…。(いや、周りの人のほうがもっと辛かったと思います。ごめんなさい。)
気をつけているつもりでも、ついつい出てきてしまう自我。「塑する思考」を読んだことでデザインに大切なことを改めて肝に銘じて、本日もデザインワークに取り組んで参ります。
お読みいただき、ありがとうございました。