「ついでに…」をデザインする。ナッジ理論で行動を促すチラシの作り方

「デザイン性の高いチラシを作ったが、問い合わせは増えなかった」「キャンペーン情報は載せたはずなのに、期待したほどの効果が出ない」──。多くの担当者が、情報伝達のその先に横たわる「行動の壁」に直面します。例えば、街で受け取ったスポーツジムのチラシ。「設備も新しく、今なら入会金無料。いいな」とその場では思っても、家に帰る頃にはその存在を忘れ、結局机の隅に置かれたまま…といった経験はないでしょうか。これは、情報が「伝わった」だけで、行動には「繋がらなかった」典型的な例です。人は、単に情報を受け取っただけでは、なかなか行動に移さないものです。それは、人間が常に合理的な判断を下すわけではない、という事実に起因します。
では、どうすれば「伝える」から「動かす」への飛躍を遂げられるのでしょうか。その鍵を握るのが、「ナッジ(Nudge)」(※1)と呼ばれる行動経済学の理論です。これは、選択を禁じることなく、人々がより良い決定を下せるように、そっと行動の後押しをするアプローチを指します。いわば、険しい坂道を登る人の背中を、そっと押してあげるようなものです。
この記事では、このナッジ理論をチラシデザインに応用し、単なる情報伝達ツールから、顧客の行動変容を促す「仕掛け」へと昇華させるための、具体的かつ実践的な方法論を解説します。
なぜ「伝える」だけでは人は動かないのか?:意思決定の「癖」を理解する
そもそも、なぜ人は選択肢を前にして、必ずしも自分にとって最善の行動を取らないのでしょうか。それは、私たちが「限定合理性」と呼ばれる特性を持つからです。人は常に論理的かつ合理的に判断するのではなく、直感や経験則、その場の雰囲気といった「思考のショートカット」に頼りがちです。この人間行動の原理を明らかにしたのが、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授らが発展させた「行動経済学」です。
そして、こうした人間の意思決定の「癖」を踏まえ、人々がより良い選択をしやすくなるように手助けする考え方が「ナッジ」です。環境省はナッジを以下のように解説しています。
“行動経済学等の知見の活用により、「人々が自分自身にとってより良い選択を自発的にとれるように手助けする政策手法」”
— 環境省「ナッジ(nudge)とは」
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この「選択を自発的にとれるように手助けする」環境設計こそが「選択アーキテクチャ」(※2)の核心です。チラシデザインとは、まさにこの選択アーキテクチャを設計する行為に他なりません。情報をただ並べるのではなく、受け手が自然と望ましい行動を取りたくなるような「文脈」をデザインすることが求められるのです。
チラシを「行動のスイッチ」に変える:3つのナッジ応用術
では具体的に、どのようにナッジをチラシデザインに組み込めばよいのでしょうか。ここでは、すぐに実践できる3つの代表的な手法をご紹介します。
顧客の「つい」を引き出すテクニック
- デフォルト(初期設定)を工夫する
人は、与えられた選択肢の中から、あらかじめ選ばれているもの(デフォルト)をそのまま受け入れる傾向があります。例えば、複数のプランを提示する際に、最も推奨したいプランを「おすすめプラン」として強調し、申し込みフォームでそのプランが最初から選択された状態にしておくだけで、選ばれる確率は格段に上がります。 - 顕著性(Salience)を高める
人間は、目立つ情報や印象的な情報に注意を奪われやすい性質を持ちます。チラシの中で、顧客に取ってほしい行動(例:「QRコードを読み取る」「クーポンを切り取る」)を、他の要素よりも意図的に目立たせることが重要です。矢印や囲み枠、人間が本能的に注目する「人の視線」のイラストなどを用いて、行動への視線を誘導します。 - 社会証明(Social Proof)を活用する
「他の多くの人がそれを支持している」という事実は、個人の意思決定に強力な影響を与えます。「お客様満足度No.1」「当店人気No.1メニュー」「300社導入実績」といったコピーは、自分の選択が正しいものであるという安心感を与え、行動への最後のひと押しとなります。
これらのナッジは、決して人々を操るためのものではありません。むしろ、情報の洪水の中で意思決定に疲弊している顧客に対し、より良い選択への道をそっと照らし出す、優れたガイドの役割を果たすのです。
最後に:優れたデザインは、人の「つい」を設計する
チラシ、Webサイト、パンフレット。これらは全て、顧客との重要な接点(タッチポイント)です。そして、その一つひとつに、顧客の行動をそっと後押しする「ナッジ」を組み込むことが可能です。それは、単に見た目を美しく整えるデザインとは一線を画す、成果に直結する科学的なアプローチと言えるでしょう。
私たちVIVIBONDは、デザインが持つ力を信じています。それは単に見た目を美しくするだけでなく、その根底にある行動心理やユーザー体験を深く理解し、設計することです。お客様のビジネスが、その先の顧客にとって最良の選択肢として自然に選ばれるよう、私たちはあらゆるクリエイティブにおいて「行動のデザイン」を追求します。あなたのビジネスが持つ真の価値を、行動へと繋げるお手伝いができることを願っています。
【注釈】
※1 ナッジ(Nudge): 「ひじでそっと突く」という意味の英単語。行動経済学の用語で、人々が強制されることなく、自発的に望ましい行動を選択するように促すための、巧妙で穏やかな介入や仕掛けのこと。
※2 選択アーキテクチャ(Choice Architecture): 人々が意思決定を行う際の、選択肢の提示方法やその背景にある環境設計のこと。この設計次第で、人々の選択が大きく変わりうる。

